こんにちは!
こころを調律するピアノの先生の、ばばっちです。
新年度に入って、あっと言う間に2ヶ月が過ぎようとしていますね。みなさんは、新生活、どのようにお過ごしですか?
ぼくは、この春、ある選択をしました。
そして、この選択をする時に、とってもとっても思い出したことがありました。
今日は、その時の話を、少し、思い出しながら語ってみたいと思っています。
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これは、東日本大震災が起きたあとの夏のこと、でした。
はじめて音楽コンクールの審査をさせていただけることになった、最初の年だったと思います。
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この時は、本当に色々な地域へ連れて行っていただいて、様々な会場で、審査を担当させていただいていました。
その中の1つに、福島県があったんだ。
生まれて初めての福島は、震災の爪痕が残っていました。道路もガタガタで通れない道がたくさんあったし、学校のグラウンドには重機が入っていて土壌の入れかをしていたり、音楽ホールも崩れちゃったからって会場も変更になったりして…た。
目の当たりにした、そう言う風景も印象深いものだったけれど。そこの会場でご一緒させていただいた先生の一言も、ずっと、胸に残っています。
その先生とは、当然、はじめましてのご挨拶でした。
審査員として訪れた会場も、2会場目くらいだったかと…。今、思えば、相当、緊張していた様子だったのかもね(笑)
審査が始まる前や終わった後には、とてもにこやかに、暖かく話しかけてくださって、すごく興味深く、ぼくのことを聞いてくださった。普段の生活や、音楽に対する想い、生徒に対して抱いている気持ちだったり、これから、どんな風に生きていきたいのか?とか。本当に、たくさんの話をしたような気がしています。
でね。
その会話の中で「あなたは、学校の先生には、ならなかったの?」と言うものが、あったんです。
その先生は、学校の先生もご経験されてから、ピアノ指導者としての人生を歩まれていて、学校で教えていた頃の経験が、それはそれは、とても貴重で、有意義で、今に大きな影響を与えたのだそうです。
そして、ぼくと話をする中で、ぼくにも、その経験があるのかな?と、思ったのだそうです。
ぼくは、教員免許は持っています。
それは、なぜか、と言うと。両親の強いススメもあったけど、そもそも、音楽をはじめたのは、学校の先生になろうと思ったから、だったから。
でも、中学生の時。子どもなりの視点で見た、当時の先生達から受けた印象が強くて、どうしても、教員になる選択をすることが出来ませんでした。ここで詳しくは語るつもりはないけれど、学生時代の数々の経験から、学校と言う場で働く、と言うイメージを、全く持てなくなっていました。
ま、そもそも、大学卒業する時に、生徒が30人ほどいて…、彼らを手放すことなんてできなかったんだけど。
そんな話もお伝えした時に、その先生は「もったいないなー、あなたは、絶対に教員になった方がよかった。その後に、今の仕事についたってよかったもの。そうすれば、もっと、素敵な先生になれたと思うわ」って、言うんですよ。
当時は、あははははーって、笑って誤魔化したけれど。あれからずっと、実は、胸の中に、その言葉が残っていました。時々、ふと、沸き上がってくるかのように、言葉が思い出されて「その選択をしたぼくは、どんな人生になっているんだろう?」と、興味を持ったりも、していました。
あれから10年以上が経過した、今年の春。
いろんなことが重なってね。ぼく、通信制高校のサポート校と言う、「学校」と言う名前のつくところで、お仕事をさせていただくことに、なったんです。
先生は、どんな経験を思い浮かべて、ぼくに「教員になった方がいい」と言っていたのか、今となってはわからないから、果たして、今のぼくの選択を、どう感じられるのかも、わからないのだけど。
働き始めて、約1ヶ月。
もうすでに、想像していた以上の経験と体験から、想像も出来なかったようなことが、自分自身に起きている気がしています。控えめに言って、あの日、あの時、先生が言葉にされた通り、自分にたくさんの気づきと変化があります。
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毎日が、発見の連続です!
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学校ともお話をさせていただいて、お仕事をしていく中で体感したことを、このような場で発信することにOKをいただきました。
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時々、こうやって言葉を綴っていきますね。
【こころと気づきのしつもん】
Q.ずっと、こころに残っている言葉は、ありますか?
↓
[ぼくの答え]
あなたは絶対に、学校の先生になるべきだった!
あなたの答えは、なんだろう?